Novel

Promise of Tomorrow

 相沢の携帯には、間宮の電話番号がふたつ登録されている。社用携帯の番号と、私用の携帯の番号だ。間宮はプライベートなことに関しては、プライベートの電話で連絡してくる。
 間宮は新入スタッフ研修のため最近せわしなく仕事に追われていて、あまり連絡はない。しかも最後に電話があったのは四日前で、『明日から東京に出張に行ってきます』と必要なことだけ連絡をして間宮は電話を切ったのだった。
「店長レジ締め終わりました。問題ないです」
 午後九時を回った閉店後の店内で、スタッフの九条とともにレジを締めた。荷物を持って帰宅する九条を見送って、相沢も最終確認をして社員通用口へ向かう。携帯を取り出して確認すると、メッセージが届いている。
『帰宅してます。会えませんか?』
 間宮の私用携帯からだった。二時間前のメッセージだ。
 明日の勤務は休みだから、間宮宅に今から行っても問題ないだろうと思い、今から行く、と返事をする。
 恋人同士になっても、連絡の頻度と会う頻度が少し増えただけで、二人の関係はあまり変わったようには見えない。付き合う前からも、性的なことはやってなかったわけじゃない。
 外に出ると、風が冷たく吹いている。十二月も半ば、コートが手放せなくなっていた。
 街はイルミネーションに彩られて、明るい。間宮の家までの道のりはほぼ明るい道ばかりだから、道を見失わなくていい。
 間宮の家につくと、インターホンを押す。「使ってください」と間宮に言われて合鍵を受け取っているのだが、使ったことはない。
 ドアが開いてすぐに、間宮は相沢の腕をとって引っ張る。
「ちょ……」
 引っ張られた勢いで、相沢は間宮の胸に収まった。バタン、と背後で玄関の扉が閉まる。
「いらっしゃい」
 間宮の腕が相沢の背中に回った。ぎゅっと抱きしめられて、相沢は笑った。
「おつかれ。取り敢えず寒いから上げて」
 間宮も笑って、リビングへと導く。相沢と間宮が付き合うようになって、間宮の部屋には変化が起こった。観葉植物であるユッカの鉢植えと、灰皿が増えたのだ。
 相沢は荷物をおいて、ソファに座る。本当にいつかこの生成りのソファを汚してしまいそうで、怖い。
 テーブルの上には珍しく、本が数冊乱雑に置かれていた。
「本社行ってたんだよな?」
「はい。本社は偉い人がいて疲れますね。何飲みます?」
「温かいものなら何でも」
「わかりました」
 オープンキッチンで間宮がミルクパンを取り出し、牛乳を温めはじめた。
「もしかしてあんたも明日休み? 出張明けだし」
「休みですよ」
「そっか、俺も休み」
 間宮を眺めながら、相沢は言った。けれど間宮の顔はそんなに明るくない。
「ゆっくりしたいところなんですが、部長にひとつ宿題をもらいましたので、そちらを明日は片付けなければなりません」
「あー……なるほど」
 たまには自堕落に休日を過ごすのもいいかもしれないと思ったのだが。
「でも、あなたと休みが合うのは久々なので、ちょっとはゆっくりしたいですね」
 間宮はカップに牛乳を注ぎ、スプーンでかき混ぜる。甘い香りが漂っている。
「ココア?」
 相沢が尋ねると、間宮はソファまでやってきて、「はい」とカップを手渡した。
「牛乳は沸騰させていないので、すぐに飲めるかと思いますよ」
「ありがと」
 相沢がカップに口をつけると、なるほど、熱すぎない。
「甘くないな」
 ココアの香りはするが、相沢の知っているココアの味とは違う。ほろ苦い。
「純ココアで作ったので、甘すぎないかなと」
「うん」
 間宮も相沢の隣に座り、テーブルに置いてある本の一冊を手に取る。
「この本だけ読んでいいですか? あとちょっとなんです」
 仕事の本だということは相沢にもすぐわかったので、相沢は何も言わずにうなずいて携帯を取り出し、ニュースをチェックする。
「うーん……」
 するとものの数分で間宮は本をテーブルに置いた。
「駄目ですね」
「何が?」
「あなたが気になります」
「俺?」
 間宮は相沢の肩に手を回し、自身に引き寄せる。
「久々なんですよね、あなたに会うのが」
 間宮は唇を重ねてくる。そのままソファに押し倒され、相沢は笑い声を上げる。
 求めてもらえるのは、嬉しい。
「したいです」
 間宮の言葉に、何を、と訊くのは無粋だろう。
 相沢は間宮の唇をはむようにキスをする。会いたくて、したかったのは、こちらも同じだった。
 間宮の手が相沢のシャツとセーターをたくし上げる。このまましたいけれど、相沢は自身の身体に触れる間宮の手を止めた。
「その前にシャワー浴びたいんだけど」
「いいですよ、せっかくなら一緒に入りましょうか」
 そう言うと、間宮は相沢の上から退き、浴室へ向かっていく。風呂に湯を張るつもりらしい。
 脱がされかけたシャツとセーターをもとに戻しながら、相沢はソファに座り直す。
 十分ほど経って、間宮と相沢は改めて脱衣所へ向かう。服を脱ぎながら、初めてのときを相沢は思い出していた。
「最初ホテル行ったときも、一緒に入ったりしなかったよな」
「ああ、そうですね」
 あのときは浴室に一緒に入ったが、間宮は服を脱がなかったのだ。
 浴室の扉を開けると、暖房も入れてあったので浴室は寒くない。
「座って」
 バスチェアに座るように間宮に指示され、相沢は従った。間宮が頭から身体、全身を洗ってくれる。相沢はただ座っているだけだ。
「俺なんかペットみたいだな」
 苦笑しながら言うと、間宮も笑った。
 相沢を先に風呂に浸からせ、間宮も身体を洗い、風呂に入る。
「男二人だと対面は狭いな」
「じゃあ、こちらへ」
 誘導され、間宮に背後から抱かれるような体勢になった。
 間宮は相沢のうなじにキスをした。
「前の奥さんともこういうことした?」
 相沢が尋ねると、珍しく間宮が少し言いよどんだ。
「……今訊きますか」
「まあ多少、気になるから」
「お察しのとおりです」
 間宮は背後から相沢の胸をまさぐる。
「あ、……」
 胸の突起をつままれて、声が上がる。間宮とはだいぶ身体を重ねた。そうしていつしか、今まで感じないところも感じるようになった。
「話、してる……」
「そうですね」
「ん、……あ」
 間宮の手は、相沢のものにも触れてくる。ここのところセックスはご無沙汰だったので、すぐにそれは勃ち上がる。息が、上がってしまう。
「気持ちいいですか」 「うん……気持ち、い」
 上がる息の合間に答えながら、首を後ろに向け、キスを強請る。
 間宮はそれに応えて、言った。
「さすがに前の妻とは風呂場でセックスしようと思いませんでしたよ」
 その言葉に、相沢は吹き出してしまう。
「あんたの舐めさせて」
 その言葉を聞いて、間宮は相沢の身体から手を離した。浴槽の縁に間宮が腰掛けると、相沢はためらうことなくその陰茎を口に含む。
「……ん」
 間宮のものは大きくて、全ては口に収まらない。気持ちよくなるように、口に含むだけではなく舌を使う。こういうことを覚えるなんて、過去の相沢には想像もできなかったことだ。
 間宮は相沢の髪を後ろに梳いている。
「あなたが好きです」
 こういうときに、なんて言葉を紡ぐのだろう。
「お、れも……」
 合間を縫って、相沢は答える。
 相沢の動きでお湯がパシャパシャとはねた。相沢の吐息が、浴室で反響する。
「入れ、たい」
 相沢が告げると、間宮は笑って相沢の顎を掴んだ。相沢の口の端が唾液で汚れている。
(今自分はどんな顔をしているんだろ……)
 きっと、物欲しそうな顔をしているに違いない。
「後ろを向いてください」
 間宮の言葉に従って、相沢は後ろを向いて、壁に手をつく。間宮の指が後孔に侵入してきて、相沢はいやいやと首を振った。
「や……、指じゃなくて」
「でもいきなりは、つらいですよ?」
「いいから焦らすな……」
 間宮は困った顔をしたが、相沢に自分の屹立をあてがう。
「きつかったら無理しないでくださいね」
 望んでいたものが、閉じた後孔に侵入してくる。間宮はゆっくり挿入しようとしてくれたが、慣らされていない状態では、力加減が難しい。結果、半分くらい一気に入った気がした。
「んあああ……っ」
 さすがに苦しくて、相沢は上半身を支えていることができず、体制を崩し壁に身体を預ける。
「大丈夫です?」
「だい、じょぶ……」
 それよりも、欲しかった。全部、間宮が欲しい。
「奥まで入れて……」
 間宮は少しずつ、挿入してくる。
(もどかしい……)
 相沢はそう思ったけれど、苦しいのも確かなので、それ以上急かしたりはしなかった。
 間宮のものが全部挿入されると、間宮は相沢の手に自身の右手を重ねた。
「ここに……私の印をつけていいですか」
「……え?」
 意味がわからず、問い返す。
「指輪を渡してもいいですか」
 こんなときにそんなことを訊いてくるとは思わなかった。相沢は笑う。
「好きにしろよ。あんたのものだよ」
 そう言うと、間宮も笑う。
 間宮が腰を使い、動き始める。慣れない間は多少辛かったが、それでも少しすれば慣れてしまい、快楽に身をさらわれてしまう。
「あっ……あ……」
 声が出るのを止められない。こんなにこの男が欲しくなるとは、最初は思っていなかった。後ろの穴で快楽を覚えることも、予想だにしていなかった。
 間宮は相沢のいいところを知っている。そこを容赦なく突き立てられ、相沢の足に震えが来る。
「気持ち……い……」
 そう声を漏らして、相沢は気づく。自分のものには間宮のものが触れていないのに、はちきれそうに勃ち上がっている。
「あなたは素直ですね」
 間宮が言いながら、腰を打ち付けてくる。
「取り繕っても、……しゃーない、だろ……、んっ……」
 間宮が自分の中にいるのが、とても嬉しい。中を蹂躙されるたびに快感が深くなってゆく。突かれるたびに波打つ背中に、間宮が唇を落とす。
「あっ、ああ……、ああっ……」
 興奮が、頭の中を支配している。
「あ……いき、そ……」
「存分に」
 間宮は深々と屹立を突き上げる。奥まで突かれると、何がなんだかわからなくなってしまう。背中を這う快楽に、相沢は絶頂を迎える。
「ああ……っ!」
 全身に震えが来て、射精する。同時に、間宮の精が相沢の中に放たれる。
「んん……」
 後ろの穴だけで達してしまったときは、しばらく快楽が続く。快感が身体の中でくすぶる。間宮のものに自分の後孔がしっかり馴染んで、離れがたい。
 手が、足が震えて、このままくずおれそうなのを間宮が支えてくれている。
 間宮が自身のものを抜いて、相沢をゆっくりと、浴槽の中に座らせる。様子をうかがうために、間宮もしゃがみ込んで相沢の顔をのぞき込む。
「もっかい……」
 相沢がそう言って間宮に抱きつくと、困ったように間宮は笑って、相沢を抱きしめた。

* * *

 煙草の煙を吐き出して、相沢は間宮を見やる。相沢はソファにあぐらをかいて座っているが、間宮は足を組んでテレビのニュースを見ている。対象的だった。
 相沢は煙草を吸っているのに先程までの情事の余韻で、頭がぼーっとしていた。
 何回も間宮を求めてしまったおかげで、すでに午前0時を回っている。
「またこの政治家のニュースか……」
 テレビでは選挙法違反の疑いに関するニュースが流れている。相沢が間宮の家に来て携帯で見たニュースにも、それはトピックスとして上がっていた。
「明日行きましょうか。もう今日ですけれど」
 ニュースの話をしていたのに反応がなかったと思ったら、脈絡のないことを間宮が言い出した。
「なに?」
「指輪を買いにいきません?」
「あー……」
 情事の合間に言われたことを思い出す。右手に私の印をつけてもいいですか、と間宮は言ったのだった。
「いいけど、買うとこ見られると少し恥ずかしい気がする。それに仕事は?」
「仕事は帰ってすればいいです。指輪を買うところは、誰かが見ても気にしませんよ。もうすぐクリスマスですし、プレゼントさせてください」
「どこの店?」
「クレール・ド・リュンヌ」
「はあ!?」
 相沢は思わず大きな声を上げる。その有名な店は、モノもいいけれど、それ相応に値段も高い。ブライダルのシーンでよく使われるブランドでもある。まさかそんな店の指輪を買おうとしていたのか。
「いやさすがにそれはちょっと……」
 自社の会社にもアクセサリーを展開しているブランドはある。いっそのことサイズだけ調べてECサイトで社員販売したらどうかとも思う。
「私の好きにしていいとあなたは言いました」
「言ったけど……リュンヌだとは思わなかったから」
「ブランドは関係ないです。私の好きにします」
 間宮は相沢の左手に、自身の右手を重ねた。
「左手につけてくれてもいいんですよ」
「……さすがにそれは、スタッフに突っ込まれるから勘弁して」
 吸い終わった煙草を、相沢は灰皿に押し付けた。あくびをすると、間宮が肩を引っ張ったので、そのまま上半身を間宮の膝に預けた。
「疲れたな、今日は」
 相沢は目を閉じる。
「あなたがすごく求めてくれたので少しびっくりしました」
「久々だったからな」
 浴室での痴態を思えば少し恥ずかしかったが、それでも間宮が欲しかったのだから仕方ない。
「寝ましょうか」
 間宮の言葉に頷くも、相沢は動かない。
「ベッドにいきましょう」
 相沢は起き上がらない。
 とてつもなく身体が重かったのだ。
「リュンヌじゃなくてプロバーティオにしますか」
 その言葉に、相沢はガバリと起き上がった。プロバーティオはリュンヌよりももっと高い。
「リュンヌでいい……!」
 間宮はその言葉に、くすくすと笑っている。
「寝ましょう」
 間宮は立ち上がり、相沢の手を引いた。まるで子供のように、間宮にベッドへと案内される。布団に入り込むとヒヤリとするが、隣に入ってきた間宮にくっつけば、暖かくて心地よかった。
「おやすみなさい、いい夢を」
「おやすみ」
 間宮と唇を重ねる。
 こんなふうに明日への約束を重ねる日々がずっと続けばいい。相沢は幸せを感じて、間宮とともに眠った。

 了